月島・晴海・豊洲の埋立の歴史。明治の月島から昭和の有明まで
月島は1887年に埋立が始まり、豊洲は1923年の関東大震災の瓦礫、有明は昭和30年代以降の埋立地です。町ごとの時期と、造船所や見本市会場から今のマンションまでを公的資料で整理します。
湾岸でいちばん早くできたのは月島で、1887年(明治20年)に埋立が始まりました。豊洲は1923年の関東大震災の瓦礫で埋め立てられ、晴海は1937年、東雲は1938年に町名がつきました。有明は昭和30年代に町名がついた埋立地です。ここでは、中央区・江東区、国土交通省、東京都港湾局の資料で確認できた年だけを並べます。
町ごとの埋立と町名の時期
| 町域 | 確認できた時期 | 出典 |
|---|---|---|
| 月島 | 1887年に埋立開始 | 中央区 |
| 勝どき | 明治から大正にかけて完成 | 中央区観光協会 |
| 晴海 | 1937年に1〜6丁目の町名 | 中央区観光協会 |
| 豊海 | 1963年に完成 | 中央区観光協会 |
| 豊洲 | 1923年の震災瓦礫で埋立、1937年に町名 | 国土交通省、江東区 |
| 東雲 | 1938年に町名 | 江東区 |
| 有明 | 1961・62年に町名 | 江東区 |
町名がついた年は、埋立が終わった年とは限りません。町名の年は、そこに住所が成り立った時期と読めます。
月島・勝どき・佃:隅田川の土砂でできた
中央区の町名由来のページによると、月島は1887年(明治20年)に始まった埋立でできた地域です。名前は、東京湾に月の岬という月見の名所があったことにちなみ、当時の東京市参事会の決議で決まりました。中央区・月島地区
材料になったのは、隅田川の河口を深くする浚渫工事で出た土砂です。国土交通省の東京港湾事務所の年表には、この土砂で佃島、月島、勝どきが埋め立てられたと書かれています。国土交通省・埋立の変遷
佃だけは時代が違います。中央区のページでは、摂津国佃村(現在の大阪府)の漁師たちが江戸に下って築いた島が佃島の始まりで、住居表示で「佃」になったのは1967年3月です。中央区・佃地区
勝どきは、中央区観光協会が「明治から大正にかけて完成した埋め立て地」と紹介しています。町名は勝鬨橋に由来し、橋は1940年(昭和15年)に完成しました。中央区観光協会、中央区・勝鬨橋
晴海:1955年の埠頭開業と見本市会場
晴海は1937年(昭和12年)7月に、晴海町の一丁目から六丁目ができました。中央区観光協会
中央区の「いま、むかし」のページには、その後の用途が書かれています。晴海ふ頭が開業したのは1955年3月で、直後の5月に晴海地区が第1回東京国際見本市の会場になりました。1959年には東京国際貿易センターができ、1996年に閉鎖されるまで、モーターショーやコミックマーケットなどの見本市やイベントが開かれました。中央区・晴海
東京都港湾局の沿革でも、晴海ふ頭の1バースの供用開始は1955年です。東京都港湾局・東京港の歴史
豊洲:震災の瓦礫、石炭ふ頭、造船所
国土交通省の年表は、1923年の関東大震災の瓦礫処理で豊洲などが埋め立てられたと記しています。江東区の地名由来では、1937年7月にこの埋立地へ町名がつき、将来の発展を願って「豊かな洲」になるよう命名されたと言われています。江東区・地名由来
港としての使われ方は、1950年に豊洲石炭ふ頭の一部が完成して操業を始めたところから確認できます。東京都港湾局・東京港の歴史
造船は1939年です。三井不動産の豊洲の沿革には、同年に石川島造船所の工場が完成したとあります。三井不動産・豊洲の歴史
東雲・有明:高度成長期の埋立地
江東区の資料では、東雲は1938年(昭和13年)6月1日に、豊洲五丁目の東南の海面埋立地へ一丁目・二丁目を命名したのが始まりです。有明は、10号埋立地の一部を1961・62年(昭和36・37年)に深川有明町とし、1968年4月1日の住居表示で今の町名になりました。江東区・地名由来
国土交通省の年表は、高度成長期の東京港修築工事に伴って辰巳、東雲、有明、台場の埋立が行われたとしています。ただし、東雲・有明のかつての用途は、ここで開いた区のページには書かれていません。
豊海は、中央区観光協会によれば1963年(昭和38年)に完成した埋立地で、港湾地区と冷凍・冷蔵倉庫が置かれた場所です。中央区観光協会
造船所の跡地にできた商業施設とタワーマンション
三井不動産によると、石川島造船所があった場所は、オフィス、商業施設、住宅が入る街に変わりました。2006年に開業したアーバンドック ららぽーと豊洲は、造船ドックの跡を活用した水辺の空間を中心にした施設です。2008年に竣工したアーバンドック パークシティ豊洲は、地上52階のタワー棟を中心とする総戸数1,481戸で、ららぽーと豊洲と入居者専用の地下通路で結ばれています。三井不動産・豊洲のまちづくり
晴海では、中央区が月島地域の現況として、東京2020大会の選手村の跡地を整備した新しい街ができたと書いています。中央区・月島地域の今昔
埋立の古さと、タワーの築年
当サイトが掲載する棟(2026年10月4日時点)を町域別に見ると、築年の分布は埋立の順とは一致しません。埋立がいちばん早い月島の9棟は2003年から2026年築で、佃の8棟は1999年から2020年築です。町が早くできたことと、今あるタワーが新しいことは別の話です。
晴海の28棟は、1998年築のトリトンスクエアの住宅棟から、2025年築の棟まであります。このうち16棟が2023年築、2棟が2025年築で、HARUMI FLAGの棟が多くを占めます。豊洲の21棟は1997年から2021年築で、築年の中央値は2008年です。2000年代築が多く、造船所跡の開発(2006・2008年)もこの時期に入ります。棟一覧
町ごとの住みやすさや交通は、勝どき・月島・晴海の比較、豊洲・東雲・有明の比較で書いています。埋立地の地盤や液状化の想定はハザードマップの記事にまとめました。町の紹介は月島、晴海、豊洲のページにあります。
※2026年10月時点で公的機関と事業者のページに書かれていた年を整理したもので、埋立の完了年や用途は資料により表現が異なる場合があります。築年・棟数は当サイトの掲載棟に限ります。